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ロクロをアホみたいにやった理由

 
ほとんどの人は、「やきもの作り」 というと真っ先に

ヒゲで長髪のじーさんが、難しい顔をして、ロクロを挽いてるのを思い浮かべると思うが

やきものの作り方は、千差万別で、ロクロはそのほんの一部に過ぎない

実に色んな作り方がある


ほんでもワシは、この世界に入る前から、ロクロで作った円いやきものが好きだった

自分が、作る側になろうと思ったときも、迷わずロクロで作りたいと思った


ロクロというのは、元来量産の為の技術だ

今の様な、機械での型抜きの技術が無かった時代、ロクロを使って食器を作るのが、一番スピードが早かったのだ

職人達は、こぞってスピードと正確さを競った ・・・ 生活がかかっていたからね

下手で遅い職人は、仕事を貰えなかったのだ

そして、その結果、今に残る素晴らしいやきものが出来ていったのだ


ワシは、最初の段階では、ロクロをスポーツのトレーニングと考えることにした

ワシなりの形や、個性は封印した

すでにある見本に、いかに忠実に、早く作れるかを追求した

時計をロクロの前に置いて、一個を何秒で作れたか ・・・ 一日に何個作れるか ・・・

どれだけ薄く作れたか ・・・ 正確に作れたか ・・・ 

そんなことばっかりやってた


いろんな人に批判されたよ (笑)


「個性がなくなるよ」  

「ただの職人になりたいのか?」  

「数多く作れて何の意味があるの?」

「どんなに作れたって機械にはかなわないんだよ」  

「機械になりたいの?」  

「バカみたい」


ワシは全然耳を貸さなかった


いい絵を描くトレーニングのために、山ほどデッサンをする画家を批判する人がいるだろうか?

正確な線や形を描くために、線を引く練習をする人を批判する人がいるだろうか?


ワシはロクロでいい作品を作るために、ロクロが上手くなりたかったのだ

その程度の事で消え去ってしまうような、やわな 「個性」 ならいらない、とも思っていた

サイズや形が決まっている目の前の見本を、忠実に上手く作れない人が、頭の中にある理想の形を、ロクロの上で忠実に表現出来るとは思えない

ワシは自分の手癖だけでロクロ挽いて、最高の形が作れると思う程自信過剰ではないよ

そんなことが出来るようになるのは、まだはるか先だ


伝説めいた話だが、あの名工 加藤唐九郎は
晩年でも一つの茶碗を作る前の 「腕ならし」として数十個の茶碗を作って
それから本番の茶碗を挽き始めたらしい ・・・・
名人の唐九郎でさえそうやって作ってたんだ、ワシ程度のトレーニングなんてねぇ ・・・・ (^^;)


そう思ってアホみたいに練習した



それでも

20代後半から始めたロクロ技術なんて大した事はないよ

古い窯業地で、物心ついたころから土に触り、何十年も作り続けてきた老職人たちに較べたら

「屁のつっばりにもならんですよ」 って感じだ (笑)


自分なりにスポーツトレーニングをこなして ・・・・・


やっとスタートだ!!
 

皿轆轤(広)









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